海水魚

【シマガツオ】その魚名を考える


画像:WEB魚図鑑より(GEKOさん撮影)

そもそも何で「シマガツオ」?

カツオの仲間でもないのに「カツオ」を名乗っている魚として、「シマガツオ」「マナガツオ」「イケカツオ」が挙げられます。イケカツオはまだしも、シマガツオ・マナガツオは、カツオに似ているところが全くありませんよね。こんな疑問点を念頭に、ネット検索してみました。

「体型がマナガツオに似ているからこの名がつけられたと思われる。「シマ」の由来は不明だ。」 https://dancyu.jp/read/2021_00004585.html (2023/5/10閲覧)

「シマガツオの名の由来については、「島(シマ)」は、南の島という意味であり、「南方で獲れるマナガツオに似た魚」という意味で名付けられたとされている。」 https://tsurihyakka.yamaria.com/issues/%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%82%AC%E3%83%84%E3%82%AA (2023/5/10閲覧)


つまり、「シマガツオ」は「マナガツオ」に似ているから、という理由で命名されたことになります。では、「マナガツオ」の由来は? ということになりますが、これはまた別の機会に。

「エチオピア」は地方名と言えるのか?

今回コメントを寄せていただいた方の6割以上が、「エチオピア」という呼び名について言及されており、コメント元の地域としては、北は宮城県、南は喜界島にわたりました。つまり、「シマガツオ」は「エチオピア」という呼び名が広く普及している訳です。語源については次項で述べますが、おそらくこれは地方名ではなく、「別名」あるいは「通り名」なんだと思います。

皆さんご存じのように、「エチオピア」はアフリカ大陸にある国の名称です。こういった国外地域の名が魚の名称に充てられることは、しばしば見られます。「タイワンドジョウ」「コウライキツネメバル」「ニューギニアウナギ」は種名として、「ドイツ鯉」は品種の通名として、「ナイルパーチ」は流通名として、それぞれに何かしらの意義を伴ってその名称は存在しています。しかしながら「エチオピア」ほど、堂々と「国名」そのものが広く分布する事例があるでしょうか?

広く愛される呼称として、標準和名「クロダイ」に対する「チヌ」や、類名「ハタ」に対する「アラ」などと、一見すると似てはいますが、呼び名のカテゴリーの法則からしますと、かなり特異な事例だと思います。

「エチオピア」考

各投稿者さまがどのように理解しているか、まず見てみましょう。

①「『エチオピア』の名の由来は諸説ありますが、「太平洋戦争以前の日本にアフリカのエチオピアの皇族(おそらく黒人)が来日して世間を賑わせた」のが名の由来という話を聞いた事が有ります」:田中 一嘉氏からのコメント

②「エチオピア人みたいに黒いから昔の偏見でつけられた名前みたいですね😅日本も差別と偏見の国なんでしょうね😅」:寺井祐二氏からのコメント

③「エチオピアについては漁具が発達したことにより深海からこの魚が大量に釣れて、得体の知れないこの魚を、当時来日してたエチオピアの皇族(得体の知れない国)に準えて付けられたと言われていますね。私も生まれていないので、真偽は定かでないですが😊」:田中圭氏からのコメント


それぞれの内容を、少し検討してみます。まず①は、もっとも事実を淡々と述べているように思え、わずかに「(おそらく黒人)」という主観的見解が補足されています。
②は、「エチオピア人=黒人≒見慣れない人種」という、ネガティブな偏見があったという前提でのコメントとなっています。
③は、漁具の発達による未知であった深海魚との出会いに絡めている点が特記されますが、「得体の知れないモノ」という、これまたネガティブな発想に基づく命名を示唆しています。

いずれにしても「戦前、エチオピア皇族が来日した時に、この魚がたくさん獲れた」というのが、この呼び名のベースになっていることは、間違いがないようです。

もっと、「エチオピア」考

「エチオピア」と言えば、皆さんは何を想像しますでしょうか? 私はまずマラソン選手、特にアベベ選手のイメージが強く思い浮かびます。でも、確認する意味でネット検索してみたところ、「エチオピア」と「ケニア」がゴッチャになっていることも初めて認識しました。特にケニアのマラソン選手には、文字通り「黒人」というイメージが強いかと思います。日本人は、アフリカ諸国それぞれへの区別をあまりしない傾向があるのでしょうね。

エチオピア皇族の来日

「エチオピアでは、日露戦争での日本の勝利以降、同じ長い皇帝統治の歴史を持ちながら近代化に成功した日本に対する関心が高まっていた。・・・1931年9月にハイレ・セラシエ1世は外務大臣で同国最高の爵位ブラッテンゲタ(日本の公爵にあたる)を有するヘルイ・ウォルデ・セラシエを団長にした使節団を日本に派遣し、一行は11月に来日した。日本政府はシンガポール、サイゴン、香港、上海と寄港地ごとに現地領事官を船に差し向けて一行を歓迎し、日本国内でも連日新聞報道がなされ、神戸港到着時には市民千人が出迎え、東京でも両国旗を持った人で沿道が埋め尽くされた。一行は天皇に謁見し、日光、箱根観光ののち、名古屋から別府まで各地を視察し、12月24日に離日した]。・・・山本七平によると、この頃小学生の間でも「万世一系は日本だけでなくエチオピアもそうらしい」ということが噂になっていたという。」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E3%82%A8%E3%83%81%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%A2%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82 (2023/5/10閲覧)


この記述を見る限り、以下のようなことがあったことが想起できます。

  • ・エチオピア国は、日露戦争に勝利した日本に対しての関心が高かった。
  • ・エチオピア使節団の訪日は、当時の日本人にとっての大ニュースであった。
  • ・日本人にとって、「万世一系」を共有できる世界で唯一の国が「エチオピア」であった。

おそらく当時の日本人にとって、開国以降に出会った諸外国のなかでも、「エチオピア」は崇高で親近感のある国であったのではないかと推測しました。エチオピア使節団の訪日は昭和に入っての出来ごとであり、来日した白人・黒人にイチイチ驚くことはなかったのではないでしょうか? ちなみに、Wikipediaに掲載されているエチオピア最後の皇帝の写真を見る限り、真っ黒な人というイメージはそんなにしませんでした。

さらに、「エチオピア」考

ネット上ではどんな説が語られているか、調べてみました。

「和名に用いられているエチオピアの由来は諸説ありますが、一説によるとこの魚が大量に漁獲された昭和30年代、ちょうどエチオピアの要人が来日していたため、この魚の黒い色といかつい顔からエチオピアと名付けられたのだといいます。」 https://hachimenroppi.com/recommend/details/20160304_tsurugietiopia/ (2023/5/11閲覧)

「よく漁獲されていた時期にエチオピアの皇族が来ていたことが由来と言われたり、エチオピアの方は肌が黒いイメージから、黒褐色の南方の魚であった為に呼ばれるようになったなどの説があります。よく漁獲されたのが1935年頃ですので、今となっては正確な由来は分かりませんが、エチオピアの何かには関係している様子となっています。」 https://kurashi-no.jp/I0031295#head-632edb06ba574d24307e8ae1157d1292 (2023/5/11閲覧)

「シマガツオは地域によってエチオピアという名前で呼ばれています。由来には諸説ありますが、シマガツオが大量に水揚げされた年にエチオピアの皇族が来日していた。南方への漁業が盛んになった時期にエチオピアとの外交が親密だったなど、はっきりとした由来は曖昧です。」 https://tsurihack.com/1872 (2023/5/11閲覧)


どの記述も似たり寄ったり、といったところでしょうかね。しかし、ネガティブな意味(つまり蔑称に近い感覚)でつけられた呼び名であるならば、同科の魚の標準和名に「ツルギエチオピア」「チカメエチオピア」というのがあるのは、何となく不自然ではないでしょうか? 命名する学者さんにはそれなりの良識があると思いますし、以後久しく使われるはずの標準和名に対して蔑称めいたものを採用するでしょうか? そういうところからしても、私としてはエチオピア皇族に対する大きなリスペクトが、この呼び名の根幹にあったものと思いたいです。

寄せられた地方名

エチオピアと呼んでいることが確認された地域
宮城県塩釜市、東京都、神奈川県、静岡県清水・焼津市、大阪府、和歌山県、島根県、鹿児島県喜界島

エチオピアからの派生
ピア(宮城県塩釜市、仲買人の略称)、エ〇トピア(同じく塩釜市、ただし仲間うちで)

その他
オッペタンコ(神奈川県三浦半島)、サオコワシ(神奈川県平塚市)、テツビン(静岡県伊豆)

コメントしていただいた方々(Facebookにおける登録名そのまま、順不同)
野村 卓司さま、大河内恵介さま、田中 一嘉さま、田中圭さま、白畑 義基さま、寺井祐二さま、嶋田 春幸さま、山本周一さま、高平康史さま、大澤 建さま、山本遊三さま、大澤風季さま、生田 考さま、兼堀 和也さま、鈴木裕充さま、下原 誠明さま、こが まさゆきさま、八尋哲也さま


投稿者 土岐耕司

原文作成日 2023年5月11日
内容更新日 2023年5月12日

※このページの情報は、Facebookグループ『WEB魚図鑑の部屋』に寄せられたコメントを基にまとめたものです。

WEB魚図鑑 シマガツオ
https://zukan.com/fish/internal727

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