海水魚

【クエ】その魚名を考える


画像:WEB魚図鑑より(yksakanaさん撮影)

まず、「クエ」とは?

毎度のことですが、ネットでカンニングしてみます。

「漢字で書くと九絵と示されその由来は、体側にある縞模様からきています。 この縞模様は「生きている間に九回変化するから」とか「体の模様が何枚かの絵に見える」ところから九絵と呼ばれているそうです。」
https://www.yokohama-maruuo.co.jp/food/%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%80%81%EF%BC%91%E5%BA%A6%E3%81%AF%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%84%E3%80%82 (2023/2/16閲覧)

「若魚の体に不規則な紋があることから「九絵」、垢がついて汚れているように見えることから「垢穢」とされる。」
https://hachimenroppi.com/wiki/details/kue/ (2023/2/16閲覧)

「クエの名前の由来にもう一つ、なかなか餌(エサ)を「食えん(クエン)」から、クエと名付けられたという説があります。」
https://www.za2gaku.info/sakana/%E3%82%AF%E3%82%A8/ (2023/2/16閲覧)

若魚の体の模様が不規則に見えるから「九絵」、というのが半ば常識化しているようです。たしかに、他のハタ類の模様が水玉や横縞が多いのに対して、クエの模様は斑(まだら)な感じがしますね。

寄せられた地方名

クエと呼ぶ地域
和歌山県、岡山県、香川県、高知県、愛媛県宇和島市、熊本県水俣市、鹿児島県徳之島(ただし徳之島にはおそらく生息していない)

クエマス
三重県南伊勢町

モロコ
千葉県、東京都、静岡県伊豆半島

アラ(あるいは本アラ)
福岡県、長崎県、大分県、熊本県天草市、宮崎県日向市細島、鹿児島県

アーラミーバイ
沖縄県

その他
カロウ(静岡県御前崎周辺)、タラ(熊本県天草市)

クエ地方名の傾向

千葉~静岡は「モロコ」、三重~四国は「クエ(系)」、九州・沖縄は「アラ(系)」と、それぞれの分布もはっきりと分かれました。このことからすると、標準和名となった「クエ」の発祥地は、関西を含む三重~四国のどこかにあると考えて良いのだと思います。

関東のモロコについてもカンニングしてみました。

「海のモロコは岩室(いわむろ)、すなわち室にいるので室子(むろこ)。転じてモロ子になったと聞いたことがあります。」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1140811301 (2023/2/16閲覧)

問題は「アラ」です

クエのことを「アラ」と呼ぶことには、大きく2つの問題があります。1つは、廃棄されることの多い魚の頭や中骨のような部位のことを、一般的に「魚のアラ」と呼んでいること。この部位は出汁が良く出ますし、骨周りの身は美味しく食べられるので、「アラ汁」「アラ鍋」という料理が成立してしまいますが、高級な食べ物とは言い難い。ところが、博多で「アラ汁」「アラ鍋」というと、高級魚クエを使った料理になります。この違いを認識しないまま同じ言葉を使っても、会話や意思疎通が成立しないことになります。

もう1つは、特スズキ目アラ科アラ属に標準和名「アラ」という魚が存在していることです。食味はクエをも凌ぐそうで、こちらも高級食材でもあることが、さらに話をややこしくさせています。標準和名「アラ」がいつごろ登録されたは分かりませんが、命名者がどのような思いでこれを標準和名にしたのか、非常に気になっています。

「ハタ」と「アラ」

クエが属するのはハタ科ですが、そもそも「ハタ」とはどういう意味なのでしょうか。

「ハタとはヒレを表していて、背ビレや胸ビレなどに目立つトゲがあるからこの名前になったともいわれています。」
https://fishingjapan.jp/fishing/9395 (2023/2/16閲覧)

「ハタは鰭のこと。背鰭や胸鰭などに硬い棘があり、目立つから。 ハタは斑(はん)、すなわち斑(まだら)のある魚の意味。」
https://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%82%BF (2023/2/16閲覧)

「ハタ(ハタ科)、タラ(タラ科)、アラ(スズキ科)の三種の魚名は「斑(はだら)」を同根とする同義呼称で、ハが欠落して「タラ」、ラが欠落して「ハタ」と呼び、タラが転訛して「アラ」と呼称されたと考えられる。」
https://www.maruha-shinko.co.jp/uodas/syun/80-ara.html (2023/2/16閲覧)

私としては最後の説が、とても魅力的に感じています。自分に都合の良いものに食いついていることは百も承知ですが、「ハタ」と「アラ」は同根同義の言葉であるとのこと。これを積極的に解釈すれば、クエがハタ科の代表魚であると考える地域においては、それを指す言葉としてたまたま「アラ」が残ってしまった。他方で、クエがそれほどメジャーでない地域においては「ハタ」という言葉が使われ、その中で特に斑(まだら)模様が目立つ魚を「クエ(九絵)」と呼ぶことにした、みたいなストーリーを妄想することはできなくもないです。

ハタ科の魚たちの地域性

これまでの地方名募集では、6種のハタ科魚を取り扱いました。これらを整理していくなかで、ある魚種は特定の地域では珍重・区別されるがために独自の呼び名を持つことがある、またある魚種は他種とあまり区別されない存在である、といったことが生じているのではないかと思うようになりました。以下、種ごとに検討してみました。

① キジハタ
地方名が寄せられたのは、北は秋田、南は鹿児島本土部までとなりました。赤い水玉模様を思わせる「アコウ(赤穂)」「アズキ(小豆)」「アカミズ(赤水)を含んだ呼び名がほとんどで、北陸および瀬戸内からの地方名の多さは、ハタ科のなかでは飛び抜けていますので、これらの地において「キャラ立ち」していると言えるでしょう。その一方で伊豆・三重・大阪・山口・鹿児島では、オオモンハタとの混同・不区別が見られます。

② オオモンハタ
地方名が寄せられたのは、北は千葉、南は先島諸島の伊良部島までとなりました。キジハタと混同されるようですが、両者は分布が重ならない地域がだいぶありそうです。三重県より東の太平洋側ではキジハタと混同されているようです。「イギス」と呼んでいる地域(和歌山・高知・愛媛・宮崎)では、比較的「キャラ立ち」しているように思えます。

③ アカハタ
地方名が寄せられたのは、東は伊豆諸島、南は大東諸島の北大東までとなりました。日本海側からのコメントがなかった点はオオモンハタに似ていますが、伊豆諸島・小笠原諸島から地方名が寄せられたのはこのアカハタだけでした。ハタ科の他種との混同は見られませんが、和歌山ではカサゴ、大隅諸島ではメバルと同じ呼び名にされています。水俣市では「ベニアコウ」という呼び名があり、アコウ(キジハタ)に準じた見なされ方がなされているようです。

④ アオハタ
地方名が寄せられたのは、東は兵庫、南は熊本までと、この5種のなかでは最も狭い範囲からとなりました。全ての地方名に「アオ(青)」あるいは「キ(黄)」が付きますので、どっちが妥当な色であるかはともかくとして、「キャラ立ち」しているのは確かなようです。山陰~福岡では「キアラ(黄色いアラ)」と呼ばれ、アラに準じた呼び名になっています。

⑤ マハタ
地方名が寄せられたのは、東は三重、南は屋久島までとなりました。この魚の分布はもっと広いはずなので、基本的には「マハタ」と呼ばれているのでしょう。「タカバ」「マス」「アラ」という呼び名が多く、前二者では他種との混同があまりありませんので「キャラ立ち」しているように見えます。しかし「アラ」に関しては、雲仙市以南でクエや他の大型ハタ類との不区別が顕著となります。

⑥ クエ
地方名が寄せられたのは、東は千葉、南は鹿児島本土部までとなりました。関東が「モロコ」、三重~四国が「クエ」、九州が「アラ」であることはすでに述べましたが、福岡・長崎での「アラ(つまりクエ)」は完全に「キャラ立ち」しています。他地域ではマハタその他との不区別名称として「アラ」が使われていますが、福岡・長崎ではアラ=標準和名クエ、タカバ=標準和名マハタと完全に区別されているからです。

「クエ」と「ハタ」と「アラ」

ここまで考えて、1つの仮説(妄想)を立てるに至りました。

1.語源は「斑(はだ)ら」だった
「班(はだ)ら」という言葉から、「ハタ」「タラ」「アラ」という古い魚名が誕生した。「ハタ」は都を中心とした地域において、現在のハタ科を指すものとして定着。「タラ」は北日本や日本海側において、現在のタラ科を指すものとして定着。「アラ」は西北九州において、現在のハタ科を指すものとして定着した。

2.ハタ中のハタ
ハタの細分化が進み、「ハタ中のハタ」を決めることになり、現在の「マハタ」がその栄冠に輝いた。他のハタには「マハタ」以外の名がつけられ、「クエ」という名もその時生まれた。

3.アラ中のアラ
西北九州でもアラの細分化が進み、「アラ中のアラ」を決めることになる。そして、標準和名でいうところの「クエ」がその栄冠に輝き、マハタには「タカバ」という名が与えられた。

4.標準和名「アラ」の誕生
近代になり、多くの魚の標準和名が決定されていった。その際に、ハタ科とは関係ない魚の標準和名に「アラ」が採用されてしまった。

自分で書いていて、すごく無理があるようにも感じていますが、これまで悶々とするしかなかったこのテーマについて、少しは整理できたような気もしています。

「熊本県天草市では、アラのようで文献では、タラとも呼ばれていたようです。」:大澤風季氏からのコメント。

「かつてクエの学名は、『Epinephelus moara「モアラ」』とされていたそうですが(今は、Epinephelus bruneus に変わっていると言うことです。)、これは藻のアラと言うことだそうです。今でも『キジハタ』の学名は『Epinephelus akaara(アカアラ)』、『アオハタ』の学名は『Epinephelus awoara(アオアラ)』らしいです。これらはシーボルトによって長崎から持ち帰られた標本を基に新種とされ、長崎周辺の地方名がそのまま学名になったと言うことです(かつてあった週刊釣サンデー社より1998年に発刊された『釣魚検索』に記載された文章を要約)。」:浅利主税氏からのコメント。

コメントしていただいた方々(Facebookにおける登録名そのまま、順不同)
高平康史さま、中村 たくやさま、末廣 孝一さま、嶋田 春幸さま、ワダ セイヤさま、坪内茂さま、冨岡 慎之介さま、赤峰 竜也さま、田中圭さま、中村 中さま、山出 潤一郎さま、桑野 顕さま、大澤風季さま、中尾 史仁さま、田中 一嘉さま、蒲原 哲也さま、原野 陽一さま、坂巻 健太さま、Yoichi Kadotaさま、前田 洋さま、上田拓さま、岡本実さま、佐藤厚さま、浅利主税さま、Masahiko Hasegawaさま、内木場 美好さま、鈴木裕充さま、髙田 一人さま、Takahito Oguchiさま、Kengo Kitamotoさま、門家重治さま、鈴木 敏朗さま

投稿者 土岐耕司

原文作成日 2023年2月17日

※このページの情報は、Facebookグループ『WEB魚図鑑の部屋』に寄せられたコメントを基にまとめたものです。

WEB魚図鑑 クエ
https://zukan.com/fish/internal365

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA