画像:WEB魚図鑑より(-ymさん撮影)
寄せられた地方名
オセン
京都府、大阪府、和歌山県、兵庫県神戸市、徳島県、高知県、愛媛県松山市、大分県
オセンゴロシ
和歌山県、長崎県対馬島
ヤハンド
広島県因島、愛媛県今治市伯方島
ヤハデ
山口県
ヤハギ
愛媛県宇和島市、長崎県平戸市度島町
ヤハゲ
大分県佐賀関
ヤハジ
長崎県雲仙市
カジキリ
島根県益田市、長崎県対馬島・壱岐島
ツバクロ
島根県隠岐島(愛媛県松山地方由来の可能性あり)、愛媛県中予・松山市
ツバメウオ
熊本県水俣市
ツバメ
鹿児島長島町
アブッテカモ
福岡県、長崎県壱岐市
その他
ガンモ(ウ)(静岡県伊豆下田)、ゲンチョ(石川県能登町)、モッチン(島根県益田市)、ゲンナイ(高知県西部)、ボタツ(長崎県壱岐市)、キンギョ(熊本県水俣市)、クルビラー(鹿児島県喜界島)、ヒキ(鹿児島県奄美大島)、ヒカー・ヒカーグァー(沖縄本島)、クルビカー(沖縄県)、オヤビッチャ(沖縄県石垣市)
これまでにない、面白さ
スズメダイの地方名が、これほどまでに多彩で面白く、検討材料を包含しているとは予想していませんでした。私がここで検討したいのは、①オセン問題、②「ヤハ〇」問題、③ツバメ問題、④アブッテカモ問題、⑤オヤビッチャ問題です。
1つずつ、考えてみたいと思います。
ノドに骨が刺さった「オセンさん」
「オセン」および「オセンゴロシ」という地方名は、関西~四国、そして大分・対馬に分布しています。この名前の由来はわりとはっきりしているようで、紀州(和歌山)がその出所と見て間違いないようです。
「ボウズコンニャクさんの記事に、オセンコロシ[お仙殺し] オセンゴロシ 備考紀州の足代浦(あしろうら)の漁民言うに「お仙という女性がこの魚を食べて、喉に骨が刺さり、腫れて死んだ。この魚の骨がそれほどに硬いからだ」。このとき、おせんが食べたのは煮つけではないだろうか?。 場所和歌山県和歌浦・湯浅・白崎・塩屋・切目・田辺、紀州の足代浦(あしろうら)の漁民 とあります。」:伊藤 良造氏コメントより。
「オセンの本場は和歌山です😊和歌山ではオセンゴロシ、オセンと呼ばれます。オセンさんは由良の人だったかな?」:田中圭氏コメントより。
ネットでも調べてみましたが、このオセンさんは「スズメダイを食べて、骨がノドに刺さって死んだ」人物であることは確実と思われます。でも、それだけのことで(?)この魚の代名詞になってしまうのは、いささか腑に落ちません。
大したオチもない話なのに、なぜそこまで語り継がれるエピソードなのか? すごく壮絶な死に様だったから? それとも「オセンさん」が実はけっこうな有名人だったから? 私は後者ではないかと考えました。
オセンさんは、実は紀州徳川家に関わるような高貴な身分であったとか、ものすごい美貌の持ち主で当時有名であった人物だったとか。そう考えると、この地方名が現代まで生き残った理由を理解できるような気がします。
近世以前の女性の名前が魚の地方名として残っている事例は、イボダイにおける「シズ」に次ぐ2例目となります。探せばまだまだあるかも知れませんね。
「ヤハ〇」の意味は?
今回は、ヤハンド(広島県因島、愛媛県今治市伯方島)、ヤハデ(山口県)、ヤハギ(愛媛県宇和島市、長崎県平戸市度島町)、ヤハゲ(大分県佐賀関)、ヤハジ(長崎県雲仙市)、という地方名が集まりました。これらは語感や分布からして、共通の何かに由来していると思われますが、このうちのどれが原形に近いのかを考えることすら簡単ではありません。
「ヤハ」までは共通していて、語尾だけが異なります。子音が「D」「G」「J(Z)」とバラつくのですが、これらは訛りのなかではよく変化する子音ではないか。例えば、長崎県島原地方の人は「ざいほう(財宝)」を「だいほう」、「ざいむしょう(財務省)」を「だいむしょう」と発音しますし(Z→D)、沖縄の人は「げいのう(芸能)」を「じーぬー」、「ぎのわん(宜野湾)」を「じのーん」と発音します(G→J(Z))。
上記の地方名の中から、ふつうの日本語として解釈できそうなものを探すと「ヤハギ」が候補に挙がります。「ヤハギ」は「矢矧」に通じます。
「矢を矧はぐこと。また、それを職業とする人。矢師。」
https://kotobank.jp/word/%E7%9F%A2%E4%BD%9C-648903 (2022/5/23閲覧)
スズメダイの全体シェイプを「矢羽」に見立てることは、たしかに可能かもしれません。でも、今一つスンナリいかない気もします・・・。
「スズメ」が「ツバメ」に?
標準和名が「スズメダイ」というからには、鳥名としての「すずめ(雀)」がその名の基となっているんだと、ふつうはそう思います。なので、調べてみました。
「スズメダイの名の由来は、スズメのように小さい、目がスズメに似ている、スズメのように群れる、などの説がある。」
https://fishai.jp/250 (2022/5/23閲覧)
なんとなく納得できるというか、取るに足らない魚みたいなニュアンスを感じてしまいます。今回の募集では、愛媛の「ツバクロ」を含め、ツバメに関連する地方名が得られていますが、スズメもツバメも「小鳥」であることは同じです。しかし、改めてスズメダイの画像を確認しますと、背びれ・尻びれ・尾びれの形から「ツバメ」を想起することもまた自然なことなのではないか、と思うようになりました。
「熊本県水俣市 きんぎょ、ツバメウオです。(中略)ツバメウオは、この黒いからだが由来で漁師の人は、そう言っています。」:大澤風季氏コメントより。
「アブッテカモ」は料理名?
予想通り、福岡県周辺からは「アブッテカモ」と呼んでいる、というコメントが多数寄せられました。しかしながら、これは魚名ではなく料理名であるといったご指摘も寄せられています。
「既出ですが、「あぶってかも」(福岡、壱岐)ですかね。 新卒社員で福岡に赴任して居酒屋で食べた衝撃が忘れられないです。 ただ、名前の由来は「炙って噛む」もしくは「炙って噛もう」と聞きました。 炙ったら鴨の味、という由来はつい最近聞きました。 ちなみに壱岐を入れたのは壱岐に行った際の居酒屋メニューであぶってかもを注文したら、スズメダイの丸揚げが出てきて、それで料理名だけでなく魚自体も指す言葉なのだな、と認識したからです。」:阪本 秀樹氏コメントより。
「確かに「あぶってかもが売ってる」とは言いますが、「あぶってかもが泳いでいる」とは言いません。スルメとか、モダマ(サメの輪切りを茹でたもの)のように加工後の呼び名です。というか、鮮魚として販売されることはありません。」:和田金也氏コメントより
「あぶってかもは、正確には、スズメダイの塩焼き 魚料理で、魚の名前では有りません。 火であぶってから噛むからこの名前がついたといわれています。 あぶって噛めば鴨の味がするという説もあります。」:伊藤 良造氏コメントより。
「福岡です。 アブッテカモと称していますが、飲み屋さんでもこの名称で塩焼きが供されますよ。 炙ってから噛むが語源のようです。」:山田重行氏コメントより。
南西諸島における「スズメダイ」と「オヤビッチャ」
種によっていろんな語が接頭するようですが、とりあえず奄美ではスズメダイのことを「ヒキ」というようです。これが沖縄に行くと、語尾に「er」がついて「ヒカー」になります。と、ここまでは良い。
沖縄では「き→ち」に置き換わることが頻繁にあります。「おきなわ(沖縄)→うちなー」「やきもの(焼物)→やちむん」「きばれよ(気張れよ)→ちばりよー」などといったのは典型例です。もし、「ヒキ→ヒチ」という変化も起こっていたなら、「ヒチャー」とか「ヒッチャー」とかいった再変化もあったかもしれません。
縞々のあるスズメダイ(例えばオヤビッチャ)のことを、奄美では「アヤビキ」と言い、沖縄では「アイビチャー」とか「オヤビッチャ」と言ってます。
「(奄美大島では)オヤビッチャのこともあやびき ロクセンスズメダイのこともあやびき テンジクスズメダイもあやびきと呼び イソスズメダイはひき ナミスズメダイはひき・・・(後略)」:戸田 里詩氏コメントより。
「沖縄本島那覇市の呼び名で「ヒカーグワァー」 ↑上で出てたオヤビッチャとロクセンスズメダイは仲間内では纏めてアイビチャーって呼んで区別してました。」:宮城 大輔氏コメントより。
「沖縄 茶色系ならクルビカー 白黒ならオヤビッチャ」:新垣俊氏コメントより。
私はこれらの情報から、以下のように考えました。
シマシマのあるスズメダイは奄美で「アヤビキ」と呼ばれ、それが沖縄で「アヤビチャー(アイビチャー)」と呼ばれた。標準和名を決める際に学者さんが耳にした地元(沖縄)での呼び名「アヤビチャー→オヤビチャ→オヤビッチャ」を採用した。
では、「オヤビッチャ」の語源について、ネット上ではどういった話があるでしょうか?
「オヤビッチャの語源は諸説ある。 「ビッチャ」は東北地方などで赤ん坊という意味で、親になっても赤ん坊のように小さい魚の意という説。 沖縄方言の綾が走ると言う意味の「アヤビッチ」から来ているという説。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A3 (2022/5/24閲覧)
「〈分類方言辞典・全国方言辞典には「ビッチョ・ビッチャゴ。佐賀・壱岐で、赤ン坊」としてあり、民俗学事典には「ビッチャ。東北・北陸方面で、赤ン坊のこと」となっている。関西方言では、これに類似するものに「ビッタ」というのがある。仮に、オヤビッチャの《オヤ》を「親」と解するならば、この呼称の語意は「親になっても、赤ン坊のように小さく可愛い魚」ということになるだろう〉『新釈魚名考』(榮川省造 青銅企画出版)」
https://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%82%AA%E3%83%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A3 (2022/5/24閲覧)
慎重にではありますが、東北地方の方言まで引っ張ってきて何とか解釈しているようにも見えます。でも、「ロクセンスズメダイ」に対して「ゴセンスズメダイ」と言えば済むところを、わざわざ「オヤビッチャ」にしている動機としては、何だか無理がある気がします。訛りの強い沖縄の漁師が「アヤビチャー」だと教えたものが、内地の学者には「オヤビッチャ」と聞こえた、ということの方が理解はしやすい気もします。
とっても美味しい魚みたいです
食味については「アブッテカモ」をこよなく愛する福岡県人の独壇場かとも思われましたが、福岡だけでなく、他地域の方々からも美味しく食されている情報が寄せられました。
「魚処の福岡でなぜそこまでしてこの魚をたべるの?と思われる方も多いのですが、味は絶品で焼き魚でこの魚を上回る魚はちょっと思い当たりません。ウロコも美味しいです。魚が新鮮さが知られている福岡ですが、あぶってかもだけは、塩漬けして何日か経ったものが美味しいです。10cmほどの小さい魚ですが中洲の高級店で食べると一匹1000円以上することもあります。 あと、知る人ぞ知る、ですが、新鮮なやつは刺し身が絶品です。釣りをする方は騙されたと思って食べてみてください。美味しさに驚くと思います。」:和田金也氏コメントより。
「福岡は炙りですが、和歌山は梅雨時期のものを味噌煮で食べます😊」:田中圭氏コメントより。
「(山口県の道の駅)しーまーとの文章 「今朝も新しく「ヤハデ」が入荷しました!萩沖の夏のお魚です。 開店前にスタッフ3人「ヤハデ」をどうやって食べるか、井戸端会議。 〇背ごしで食べる (鱗と頭と内臓部分と背びれをとって、骨をつけたまま2mm~3mmのお刺身にする) 〇甘露煮にする (鱗と頭と内臓部分と背びれをとって、油で揚げて、甘露煮にする) 〇塩をまぶして鱗ごと塩焼きにする (ボールにヤハデと塩を入れて、ボールを振って魚に塩をまぶし、鱗がついたままグリルで丸焼き) 鱗をつけたまま食べるのは初耳でしたが、パリパリしていておいしいらしい。 昨日、6匹甘露煮にしたスタッフは全部白子があって、一緒に煮て、これもおいしかったみたいです。 旬のヤハデで、色々な食べ方を楽しんでみましょう!」 だそうです」:進藤 治理氏コメントより。
美味しいことがここまではっきりしているのですから、皆さん、食べてみましょうよ。私見ですが、スズメダイが美味しいのであれば、マグロ(生マグロだの大トロだの)やサケ(サーモンだのトラウトだの)にこだわる価値観・人生観は、魚好きとしては見直してみても決して損はないのだろうと思います。
スズメダイも、キュウセンもヒイラギも、これまでは見向きもしなかった私が言うのも説得力がないとは思いますが、とにかく一度は食べてみましょうよ。
コメントしていただいた方々(Facebookにおける登録名そのまま、順不同)
町田 賀法さま、進藤 治理さま、池田 正光さま、哲幡野さま、田中圭さま、Akira Okanoさま、廣瀬 政廣さま、藤本慎央さま、野村 卓司さま、佐藤厚さま、宮城 大輔さま、上原 藤久さま、相澤 巧さま、新垣俊さま、岡田 健作さま、中村 中さま、武田 真之介さま、末廣 孝一さま、佐々木 隆志さま、武田 章男さま、戸田 里詩さま、福畑 敏光さま、阪本 秀樹さま、仲澤 伸泰さま、佐藤博昭さま、平澤洋幸さま、瀧下彰信さま、小松 恵介さま、石橋 健太さま、和田金也さま、豊田勝吉さま、大澤風季さま、佐竹 正道さま、竹馬 猛さま、赤瀬 光さま、伊藤 良造さま、川田 岳志さま、姫野宗史さま、山田重行さま、浅利主税さま、坂下 光洋さま、川畑敏則さま、窪田 太さま、深田吉宜さま、辻 俊宏さま、大森 やっさんさま、門家重治さま、はない ひろしさま、爆弾小僧さま、良司小川さま、松尾保司さま 投稿者 土岐耕司 原文作成日 2022年5月24日 ※このページの情報は、Facebookグループ『WEB魚図鑑の部屋』に寄せられたコメントを基にまとめたものです。 WEB魚図鑑 スズメダイ https://zukan.com/fish/internal53