画像:WEB魚図鑑より(忠さん撮影)
寄せられた地方名
ハリセンボンと呼ばれていることが確認された地域
石川県、愛媛県、熊本県水俣市
アバス
鹿児島県奄美大島
アバサ
鹿児島県徳之島
アバサー
鹿児島県喜界島、沖縄県本島・宮古島
ハリフグ
三重県南伊勢町
バラブクト※
高知県足摺岬
イガブク
鹿児島県屋久島
※「高知県足摺岬で、トゲのことを『バラ』と言います。フグのことを『フグト』とか言います。したがってトゲのあるフグってことで『バラブクト』って呼んでました。」:浅利主税氏コメントより。
アバス・アバサーとは?
沖縄単語の語尾が開放音となりやすいことは、何となく知られていることだと思います。例えば、内地人=ナイチャー、子ども(童(わらべ))=ワラバー、獅子=シーサー、などです。ですので、沖縄における「アバサー」の原形は「アバス・アバシ・アバサ」などといった形が考えられ、奄美大島における「アバス」がそれに当てはまりますね。北から伝わった言葉が沖縄独自に変化したという仮説は立てられると思いますし、シイラが九州で「マンビキ」であったものが沖縄で「マンビカー」、ベラが九州で「クサビ・クサブ」であったものが「クサバー」になるパターンに、そっくり当てはまります。
では、「アバサー」とはどういう意味でしょうか? 以下に、その語義についてのコメントを提示しておきます。
「お喋りで煩いやつ」「確かに空気を呑んで膨れるときにはしきりに音を出すよね🤭」:松永 康裕氏コメントより。
「漁でとれたときに、針が邪魔だし膨れるし、面倒くさい奴だからじゃないかと推察されます。」:坂下 光洋氏コメントより。
「膨らんで「泡だ」「泡さー」「あばさぁ」「アバサ」だと認識してます。」「慶良間に5回 宮古島を95回 現在宮古島に滞在中ですが 懇意の海鮮料理のオジイとかから 「膨らむから泡さぁ」 「だからアバサぁ」 慶良間の阿嘉島の民宿じっちゃんも同じことを話してました。」:重光陽一郎氏コメントより。
分布と「死滅回遊」
得られたコメント自体が少なかったこともありますが、瀬戸内海地域にハリセンボンが生息しているという印象はまったく感じられませんでした。
「実際に自然界では見たことがなく、水族館でしか見ておりません。ですから地方名も知らないのです。大阪市。」:和田 俊章氏コメントより。
「北上の話は聞いていますが、今のところ大阪周辺で釣ったことはないですね。地方名も聞いたことがありません。」:下原 誠明氏コメントより。
「愛媛県の宇和海にしか生息してなかったハズなんですが、20年程前に大洲市長浜に大量に打ち上げられてた事があります。シーバスの時期だったので水温低下なのか漁師が破棄したのか生息域が広がってるのか…」:藤川 裕樹氏コメントより。
こうして見ると、太平洋を流れる黒潮圏と、日本海側を流れる対馬海流圏にのみ分布しているようであり、回遊魚以上に回遊魚って感じがしますね。外海にしか姿を現さないという点で、不知火海に面する熊本県水俣市からのコメントを提示しておきます。
「熊本県水俣市では、たまにいるようですがそこまでいるわけではないので地方名がありません。そんままハリセンボンです。冬には、うちあがると友人には、聞きました。半分、死滅回遊かもしれませんが海の向かいの天草では比較的いるようです。」:大澤風季氏コメントより。
改めて「WEB魚図鑑」におけるハリセンボンの分布についての記述を見ますと、「津軽海峡以南の日本海沿岸、相模湾以南の太平洋岸。世界中の熱帯、温帯域。」とあります。しかし、南西諸島(あるいは九州まで含めたとして)以外の地域においては、冬になると姿を見せる魚であり、近年では時として大発生する魚として認識されていますので、「通年的に生息している」という観点からすれば、ハリセンボンの安定的分布域というのは、それほど広くないのかもしれません。
「石川県では、ハリセンボンですね。」「冬場が多いです。暖かい季節は、見れません。」:前野 美弥次氏コメントより。
「島根半島(松江市、出雲市)沖の定置網に大量のハリセンボンがかかり問題になっている。島根県によると、2月中旬から県東部の定置網に入り始め、4月も続いているという。(中略)県水産課によると、ハリセンボンによる漁業被害が報告されているのは松江市島根町や出雲市の平田町、大社町などの漁港。ハリセンボンは暖流の影響で近海まで流れ着いたと見ているが、例年より多い原因は不明という。」https://www.asahi.com/articles/ASM4B3GM1M4BPTIB003.html (2022/5/17閲覧)
「・・・ハリセンボンは、暖流が影響する海域なら日本内地でも各地でみられるし、本州、北九州の沿岸では、冬から春先にかけて大量に打ち上げられる。 この種の分布と生活史を調べた西村三郎さん(当時日本海区水産研究所、現在京都大学) によると、全長一センチ以下のハリセンボンの稚魚が採集されるのは、フィリピン北部から台湾東方にかけての海域に限られ、この黒潮源流域で生れた稚魚の一部が黒潮に運ばれ、日本近海に出現するのだという。黒潮の道筋に当る島々での出現期と幼魚の大きさをみると、南方ほど早期に小型の個体が現われ、北上するにつれて季節はおそく大型のものが採れている。黒潮強流帯の平均流速は一・五ノット、九州西岸沖の暖流の速度は〇・五ノットぐらいであり、台湾付近で黒潮に乗ったハリセンボンの幼稚魚は、途中で渦流や反流(海流の周辺部にはしばしば逆行する流れが存在する)につかまらず対馬暖流に入ると、約一ヵ月で対馬海峡に達する計算になる。 では、なぜ日本海沿岸では夏や秋にではなく、冬に大量の打ち上げをみるのだろうか。日本海に入った対馬暖流の強流帯は、はるか沖合を通っており、大部分のハリセンボンは、暖かい季節は岸に到達できずに暮している。冬になり、気圧配置が変って強い北西の季節風が吹くようになると、沖合で暮していた暖海系の生物は、吹送流によって日本沿岸に運ばれ、冷たい沿岸水に遇って凍死し、打ち上げられるのだという。 一方、太平洋側の黒潮本流にも多量のハリセンボンの幼稚魚が運ばれているはずだが、大部分は日本列島の沖合を素通りして太平洋の真中で生涯を終るものらしく、運良く日本沿岸にすみついたものでも、越冬してそこに子孫を残すには至らないのだと西村さんは述べている。」
菊池泰二 『海底動物の世界』 1981年 中央公論社
「ハリセンボン」という単語
「ハリセンボン」って、すごく言いやすい単語だと思います。「ハリヒャッポン」でも「ハリマンボン」でもなく、何かしっくりくる気がするのは、幼い頃から馴染んでいた言葉だからでしょう。この単語について、皆さんが人生で初めて出会ったのはどのような場面であったでしょうか?
生き物図鑑大好きな子どもだった私でさえ、魚のハリセンボンに出会うよりずっと前に、「指切りげんまん」のフレーズがインプットされていましたし、多くの方が同じであると想像します。しかし、魚名というのは古くから呼ばれていたものであることは、地方名募集を通じて再認識しているところでもあります。さらに細かく言えば、魚名としての「ハリセンボン」と、指切りげんまんの「ハリセンボン」では、アクセントの位置が異なりますので、同じ単語でもその由来は別なところにあるような気がします。
ということで、「指切りげんまん」について、ネット検索してみました。
「指切りげんまんの「指切り」は、遊女が客に愛情の不変を誓う証として、小指を切断していたことに由来する。 やがて、この「指切り」が一般にも広まり、約束を必ず守る意味へと変化した。 指切りげんまんの「げんまん」は、漢字で「拳万」と書く。 約束を破った時は、握りこぶしで1万回殴る制裁の意味で、「指切り」だけでは物足りず、後から付け足されたものである。 「げんまん」と同様に、「針千本飲ます」も後から付け足されたものである。 「針千本」は魚の「ハリセンボン」とする説もあるが、魚の「ハリセンボン」であれば「食わせる」と表現されるべきで、全くの俗説である。 これはそのまま、針を千本の意味と捉えればよい。」
https://gogen-yurai.jp/yubikirigenman/ (2022/5/17閲覧)
「発祥は、江戸時代の吉原と言われています。 多くの男性客を相手にする吉原の遊女も、ひとりの人間。 「あなただけは特別」という心からの愛を宣誓する時に、己の小指を切って送ったのだとか。 この遊女の風習である指切りが一般にも広まり、約束を破ったときはげんこつ1万回を意味する「げんまん(拳万)」、さらに「針千本飲ます」と内容がつけ加えられて現在に至る、と言われています。」
https://rekijin.com/?p=22112 (2022/5/17閲覧)
これを見ると、「指切りげんまん」の歴史は江戸時代までは遡れるようです。では、魚の「ハリセンボン」はそれより前に成立したのか、それとも否か。残念ながら、魚のハリセンボンがいつからそう呼ばれていたか、それを示す情報は見つけることができませんでした。
お笑いコンビの「ハリセンボン」は、そのアクセントからして魚名からとった名前ではないかと思われたので調べてみました。
「コンビ名の由来は「ハリセンボンは顔はかわいいが、怒ると強い」という考えからつけられた。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%B3_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%93) (2022/5/17閲覧)
コメントしていただいた方々(Facebookにおける登録名そのまま、順不同)
松永 康裕さま、城所竜弥さま、坂下 光洋さま、和田 俊章さま、嶋田 春幸さま、重光陽一郎さま、甲斐 哲也さま、前野 美弥次さま、石川 力さま、下原 誠明さま、町田 賀法さま、藤川 裕樹さま、大澤風季さま、浅利主税さま、Kengo Kitamotoさま、日高 秀一さま 投稿者 土岐耕司 原文作成日 2022年5月17日 内容更新日 2023年9月24日 ※このページの情報は、Facebookグループ『WEB魚図鑑の部屋』に寄せられたコメントを基にまとめたものです。 WEB魚図鑑 ハリセンボン https://zukan.com/fish/internal340