画像:WEB魚図鑑より(海人さん撮影)
寄せられた地方名
地域の書き方に一貫性がない部分もありますが、各コメントでの表現を重視した上で、多少調整させていただきました。
東京都 ギチ
千葉県 ギラ
南房 ギラ
静岡県 ジンダ・ジンダベラ・ネコゴロシ・ネコマタギ
東部 ジンナゴ(小さいもの)、沼津 ジンタ、静岡市 ギンダベラ、浜松 ネコマタ、浜名湖 ネコナカセ
愛知県 ゼンメ
三重県 ゼメ
鈴鹿 ゼメ、津 ゼンメ、志摩 キンパク、尾鷲市 ギラ
富山県 ギンダイ
石川県
能登 ギンダイ・ギンタナゴ・ギンタ
福井県
小浜市 ボンチャ
京都府
舞鶴市 エノハ、宮津市 ネコマタギ・イタイタ・シノハ、京丹後 シノハ・ギチ
大阪府 ヒイラギ・ネラギ
関西地方 ギンタ・ゼンメ
和歌山県 ギンタ・ギーナギ※
和歌山市 ギンタ
兵庫県 ダイチョオ
北部 シイノハ、西播 ダイチョウ、淡路島 ネコクワズ
岡山県 ケッケ・ゲッケ・ギギ
広島県 ギンギン・ギンガー
福山 ギンギン、三原 ピンピン、東部 ギギ、広島市 コギン、同佐伯区 ギンギラ
鳥取県 エノハ
境港 エノハ
島根県 エノハ
山口県 平太郎・カガミトリ・ジンガメ
徳島県 ジンタ・ネコクワズ
高知県 ニロギ
大月町 エバ
愛媛県 ニイラギ
新居浜 ギンギラ、宇和島市 グーグー(子供達の間で)
福岡県 トンマ・トンバ
北九州 ゼンメ・ガガ、博多 トンマ
大分県
北部 グーグー、中津~豊後高田 チビラ、南部 ダイチョウ
佐賀県
伊万里 チョンゴロ
長崎県 ヒイラギ
熊本県 シイバ・シバ・シイノフタ
天草 シノフタ・ゼンメ
水俣 シイノハ
宮崎県 ハナタレエバ・ボボクジリ・ヒラゲ
延岡 ボボクジリ
鹿児島県
垂水 エバ
沖縄県 ユダヤガーラ
※「和歌山ですが、オキヒイラギのことをギンタと言うので、区別するため、ギーナギと言います」:田中圭氏からのコメント。
地方名の分類
これら多くの地方名を、ヒイラギの諸要素に基づいて大別してみました。間違いもあるでしょうが、分類してみて気付くこともありますので、ひとまず以下のように。
A.平たくて葉っぱみたい
ヒイラギ(大阪・長崎)、ニイラギ(愛媛)、ネラギ(大阪)、ニロギ(高知)、イタイタ(京都)、シイノハ(兵庫・熊本)、シノハ(京都)、シイバ・シイノフタ・シノフタ(熊本)、エノハ(鳥取・島根)、エバ(鹿児島)、平太郎(山口)
B.銀色で小さい
ギラ(千葉)、ジンダ(静岡・徳島)、ジンダベラ・ジンナゴ・ギンダベラ(静岡)、キンパク・ギラ(三重)、ギンダイ(富山・石川)、ギンタナゴ(石川)、ギンタ(石川・関西・和歌山)、ギンギン・コギン・ギンガー(広島)、ギンギラ(広島・愛媛)
C.グーグー鳴く
グーグー(愛媛・大分)、ケッケ・ゲッケ(岡山)、ギギ(岡山・広島)、ガガ(福岡)
D.粘液を出す
ハナタレエバ(宮崎)、ユダヤガーラ(沖縄)
E.口が伸びる
トンマ・トンバ(福岡)、ボボクジリ(宮崎)
F.謎のゼンメ系
ゼンメ(愛知・関西・三重・福岡・熊本)、ゼメ(三重)
G.猫も食わない系
ネコマタギ(静岡・京都)、ネコマタ・ネコゴロシ・ネコナカセ(静岡)、ネコクワズ(兵庫・徳島)
H.その他
ギチ(東京・京都)、ボンチャ(福井)、ギーナギ(和歌山)、ダイチョウ(兵庫・大分)、カガミトリ(山口)、チビラ(大分)、ヒラゲ(宮崎)
【A考】そもそも「ヒイラギ」とは?
「ヒイラギ」といって私がまず思い浮かべたのは、植物の「柊(ひいらぎ)」でした。「ひいらぎ」でのネット検索では先に植物の方がヒットしますので、こちらの方がメジャーな存在なのでしょう。ウィキペディアで植物の「ひいらぎ」をチェックしてみると、
「名称:和名ヒイラギは、葉の縁の刺に触るとヒリヒリと痛むことから、「ヒリヒリと痛む」旨を表す日本語の古語動詞である「疼(ひひら)く・疼(ひいら)ぐ」の連用形・「疼(ひひら)き・疼(ひいら)ぎ」をもって名詞としたことによる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AE(2021/9/5閲覧)
とありました。
もし魚の「ヒイラギ」がこの植物の葉のように触るとヒリヒリ痛むような存在なのであれば、この植物の特徴に似ていることからの命名となるのでしょう。「WEB魚図鑑」にある「背鰭棘や臀鰭棘は意外と強力なので注意する必要がある。」という特徴がこれに合致するのかも知れませんが、それであれば鰭に毒を持つアイゴの方が適当のような気もします。それでも魚の「ヒイラギ」は全長15cmほどにしかならないことを併せて考えれば、柊(ひいらぎ)の葉っぱに似ているから命名されたかも、とは思えなくもないです。京都の「イタイタ」という呼び名も、その意味で納得できます。
【A考】ヒイラギ→ニロギ?
標準和名「ヒイラギ」は、長崎での呼び名にちなむのだとか※。これが植物の柊(ひいらぎ)に由来するものとして考えると、興味深い地方名が各地に存在していることに気付きます。それは、愛媛の「ニイラギ」と大阪の「ネラギ」、そして高知の「ニロギ」です。ヒイラギ→ニイラギ・ネラギ→ニロギという変化は、何だかありそうな気もします。ただ、この変化は地理的分布としては少し無理があり、ハ行がナ行に置き換わるという転訛例もあまり聞きませんので、「ニロギ」の基が「ヒイラギ」であると言い切ることは現時点ではできません。
もしかすると、「ニイラ」「ネラ」「ニロ」という響きには何となく粘着的なニュアンスを感じなくもないので、そういった言葉から自然発生した呼び名なのかも知れません。そうなってくると、「ニイラギ」「ネラギ」「ニロギ」は分類Aではなく、分類Dになることになります。
※和田俊章氏コメントより。
【A考】身近な葉っぱに例えた?
「平たくて葉っぱみたいな魚」と考えると、兵庫・熊本の「シイノハ」、京都の「シノハ」、熊本の「シイバ」は椎の葉、山陰の「エノハ」、鹿児島の「エバ」は榎の葉、という風に考えることもできないでしょうか。こじつけかも知れませんが、今のところこれ以外に思い浮かべることができないでいます。
山口の「平太郎」に至っては、たぶん単純に「平たいヤツ」くらいの気軽さで言われ始めたのかも知れません。
【B考】銀色の魚なんて
確かに「ヒイラギ」は銀色に光る魚です。その意味においては、いわゆる青魚(アジ・サバ・イワシ)と同類になります。でもそれらを差し置いて、特段に銀色の魚であるということを強調する必要があるのでしょうか?
「ヒイラギ」のことを「ジンタ」と呼ぶことについて、豆アジとの不区別ではないかと思わせるコメントがありました※。確かに「ジンタ」と言えば豆アジのことだと何となく私も思っておりましたので、改めてネット検索してみました。複数ヒットしましたが、銀色に光って小さいモノという意味で「仁丹(じんたん)」を語源とする説を語るものが多いように感じました。ひとまず、これを基準にしてみると、「ジンタン」→「ジンタ」という変化軸を仮定することができるでしょう。
同じような地方名に「ギンタ」がありました。「ジンタ」と「ギンタ」は語音的にはすごく近い関係にありそうですが、仁丹を出発点とする変化ならば、「ジ」→「ギ」に変化したことになるわけです。訛りパターンとして、「ギ」→「ジ」は沖縄に顕著にみられるものですが、その逆はあまり聞いたことがありません。
能登ではギンタナゴ、それを略してギンタと呼ぶ、という例があるそうです※。このことからすると、「ギンタ」と「ジンタ」は似ているけど、出発点が違うことになりますね。しかし静岡では、ジンダ・ジンダベラ・ジンナゴ・ギンダベラといったように、「ギ」と「ジ」が錯綜しているようにも思えます。一筋縄では行かなそうです。
この他、光ることを前面に出している事例として、キンパク(三重)、ギンギン(広島)、ギンギラ(広島・愛媛)などが挙げられます。
※「神奈川の湘南地域では豆アジがジンダ(ジンタ)と呼ばれます。」:天野聖之氏コメントより。
※「能登では、ギンタナゴ 略してギンタとも言ってます。」:元谷寿氏コメントより。
【C考】鳴き声系の分布
分類Cの鳴き声系を再度提示しますと、「グーグー(愛媛・大分北部)」「ケッケ・ゲッケ(岡山)」「ギギ(岡山・広島)」「ガガ(北九州)」となっていて、見事に瀬戸内海沿岸となります。この地域の人たちにとっては、よっぽど鳴き声が気になるのでしょうね。
また、同じく瀬戸内海沿岸でかろうじて括れそうなのが、「ダイチョウ(兵庫県姫路・大分県南部)」です。今のところ語源がまったく分かりませんが、瀬戸内海の端と端で同じ呼名を使っているのは興味深いです。
分布的に類似した例が、分類Aではありますが、「エバ」にも見られます。「エバ」は鹿児島・宮崎での呼び名ですが、高知県足摺岬あたりでも同じように呼ばれているそうです※。鹿児島・宮崎から足摺岬の西側を通って瀬戸内に行くというのは、自然な航路として想定できますし、近世の琉球船はそこを航行したそうです。足摺岬から東側は「ニロギ」と呼ぶ地域だとすると、海の道は非常に重要な要素となります。
ちなみに、沖縄でも「エバ」の名でヒイラギが売られています。おそらく、鹿児島あたりから輸入したものがそのまま売られているのでしょうが、沖縄にも「エバ」が浸食しつつあるのかも知れません。
※Hiroto Aihara氏コメントより。
【D考】粘液を出す
「釣りあげると大量の粘液を出す。」という、結構強めの特徴があるにも関わらず、これに明らかに由来する地方名は、「ハナタレエバ(宮崎)」「ユダヤガーラ(沖縄)」くらいでした。宮崎は鼻水ですし、沖縄はヨダレです(ユダヤーはヨダレの転訛)。南国の人たちは、粘液に敏感なようですね。
この粘液については、「WEB魚図鑑」では「砂などで揉み洗うと落としやすい。」としていて、粘液を除去して調理することが前提となっています。しかし、この粘液を取り切らないで調理するのが高知県です。現地でも「あれがダシ出て美味いんや」という声を聞きました。
【E考】口が伸びる
いかにもネーミングに関係しそうな特徴ですが、ここに分類できたのは少数でした。「トンマ・トンバ(福岡)」については、口を伸ばした様が頓馬(とんま)だから、というお話がありました※。「ボボクジリ(宮崎)」については、少し説明が難しいのですが、少なくとも九州で「ボボ」は下ネタ単語です。伸ばした口で「ボボをくじる」※という情景からネーミングするという、宮崎人の遠慮のない正直さには敬服してしまいます。
※「事実かどうかはわかりませんが、博多のトンマは口を伸ばした様がトンマ(間抜け)に見えるからと聞いたことがあります。」:前田洋氏コメントより。
※「この魚は、口が長く伸びますので、大きな魚の肛門から糞を食べるからボボクジリと子供の頃に教えられました。嘘でしょうが未だに不気味な魚です。」:Shingo Suitsu氏コメントより。
【F考】謎のゼンメ系
「ゼンメ(愛知・関西・三重・福岡・熊本)」「ゼメ(三重)」となりますが、分布の主体は愛知・三重であり、関西・福岡はそこからの飛び火現象のように思いました。ゼンメとゼメは転訛の関係にありそうですが、どっちが原形なのかは分かりません。でも、愛知県にはゼンメ以外の呼び名がないのに対して、三重では分類Bも使われていますので、ひとまずゼンメを原形と考えてみます。
ゼンメとは何か? いろいろと考えてみました。「銭目」「銭女」「銭前」「ゼンマイ」「善兵衛」・・・。何かご存じの方がおられれば、ぜひ教えていただきたいものです。
【G考】猫も食わない系
「ネコマタギ」という地方名を持つ魚は、他の魚種にも存在しそうです。「ネコクワズ」にしても然り。でも静岡では「ネコナカセ」「ネコゴロシ」といった、さらに一歩踏み込んだ呼び名が見られました。人間によるヒイラギの食味評価はかなり高いものですが、「背鰭棘や臀鰭棘は意外と強力なので注意する必要がある。」ことが、猫を泣かせたり殺したりする要素なのでしょうね。そしてこれはつまりは結局、「ヒイラギ」はトゲのある柊の葉のような魚なのだ、ということになるのでしょう。
コメントしていただいた方々(Facebookにおける登録名そのまま、順不同)
和田 俊章さま、上田拓さま、大家 正寿さま、坪内茂さま、酒田雅彦さま、伊藤正典さま、菅原 守雄さま、萩原孝泰さま、田中保夫さま、和泉陣さま、仲 卓哉さま、木村 尚道さま、濱口久貴さま、若下藤雄さま、前田 洋さま、石崎 大地さま、天野 聖之さま、森見 佳伸さま、Shingo Suitsuさま、井野貴行さま、Hiroto Aiharaさま、後藤 博行さま、武田 章男さま、田中圭さま、緒方 悠輝也さま、河野宏信さま、吉牟田 仁さま、大江浩之さま、蒲谷 俊介さま、Michael Impさま、木村 洋一さま、山田 武男さま、梶賀 安弘さま、元谷 寿さま、本多 竜二さま、毛戸勝さま、佐藤厚さま、小林 康彦さま、種市 恒幸さま、小林 正樹さま、宮城 大輔さま、梶田 淳さま、Takuya Nakaoさま、足立博貴さま、城戸清美さま、徳永 正次さま、原田 康平さま、戸口 欣也さま、菅原 守雄さま、鈴木 啓司さま、石橋 健太さま、藤田哲夫さま、照井 康容さま、藤本慎央さま、柴田弘一さま、宮嵜米夫さま、後藤 博行さま、磯脇宏史さま、中田康彦さま、平塚 雄大さま、脇阪由憲さま、Michiyasu Katoさま、Yosuke Watanabeさま、湯浅崇史さま、塚本 那汪之さま、黒川昌久さま、古谷 和足さま、米山由弘さま、齋藤 誠男さま、原一馬さま、原内 真徳さま、濱野昭雄さま、茂呂居 諭さま、齋藤 大輔さま、境田興昭さま、山下振一郎さま、濱口久貴さま、片渕 浩敏さま、松宮 克明さま、太田 政伸さま、高盛 哲実さま、杉山 豊さま、筒井 正記さま、鳥居 亮一さま、平井哲也さま、高桑俊孝さま、兼子 昌樹さま、望月 哲也さま、河村慎典さま、さいとう 貴さま、坂本 和広さま、桜井 雄さま、鈴木敏且さま、門家重治さま、上田 茂さま、森田 紳二朗さま、大澤風季さま
投稿者 土岐耕司
原文作成日 2021年9月6日
内容更新日 2024年1月30日
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WEB魚図鑑 ヒイラギ
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